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伝ノ助の「英語でコラム」

拙者、伝ノ助と申す。近頃、グローバル化時代の備えとして英語を習得中でござる。
今回は、「人はなぜ働くのか?」をテーマにコラムを書いてみたでござる。
これから働く人、働き始めた新入社員の人にぜひ読んでほしいでござる。
まだ修行中の身、拙い英語でござるがトライすることが大切でござる。


Why do people work?


Why do people work?
For life. For old age. For money. For social contribution.
Because the work is fun. Because it is rewarding.
I think that everything is right.

But in order to think about why people work, before that, we need to think about what it means to work.
In the first place, working is not limited to only human beings, all creatures can not eat unless they do not work, and they can not live without eating.
Therefore, we work to live, and if so, working is as natural as breathing.
Working is a natural act to survive, so it can be said that asking about its meaning is nonsense.

Nevertheless, why do people think the meaning of work?
Perhaps, I think that the meaning of "working" means exactly "labor".
Labor is a human-specific act of working with bodies and intelligence to earn income.
In other words, because too many various types of labor have occurred in the economic activities created by human beings,
it caused troubles that must be selected from among them.

Thinking about the purpose and value of your labor is to establish your own social identity.
Rather than thinking about why work, it makes sense to keep thinking about what works for purpose and how to work.
However, because trouble occurs in that thought, we think about the meaning of work again.
This cycle of thinking may be the essence of this theme.

Even if you can not find the meaning of working as a person, working for your own future is the reason why you working.
Because it is a vague future where nothing has been decided, so people continue to work for the future.


人は何故働くのか?


人は何故働くのか?
生活の為、老後のため、お金を稼ぐため、社会貢献のため。
仕事が楽しいから。やりがいがあるから。
その全てが正解だと思う。

でも、「人は何故働くのか」という事を考えるためには、その前に、「働くという事はどういうことか」を考える必要があると思う。
そもそも、働くとは人間だけに限ったことではなく、すべての生き物が働かなければ食べることができず、そして食べなければ生きていけない。
それゆえ、我々は生きていくために働くのであり、そうであるならば、働くことは呼吸をすることと同じくらい自然なことである。
つまり、働くという事は生きるために自然な行為であり、その意味を問うこと自体がナンセンスなことだといえる。

にもかかわらず、何故、人間は働く意味を考えるのだろうか。
たぶん、その"働く"と言う意味は、正確に言うと"労働"という意味だと思われる。
労働とは、収入を得る目的で体や知能を使って働く、という人間特有の行為である。
つまり、「人は何故働くのか」という思考は、人類が生み出した経済活動の中で、あまりにも多種多様な労働形態が発生してしまったため、 その中から選択をしなければならない悩みから生まれたものであろう。

自分の労働の目的と価値について考えることは、社会における自分のアイデンティティを確立することである。
何故働くのかではなく、何を目的に働くのか、どのように働くのかを考え続けることに意味がある。
しかし、それを考えることで悩みが発生するために、働く意味そのものを考えてしまう。
この思考のサイクルがこのテーマの本質かもしれない。

今現在、人として働くことの意味を見つけられなくても、自分の将来のために働くことこそ、人が働き続ける理由だと思う。
何も決まっていない漠然とした未来だからこそ、その未来のために人は働き続けるのだろう。

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